Jul 23, 2009
看板は目立てば良いというわけではない
多くの店が並んでいる場所は、通常の看板を出してもほとんど目立つことはありません。という目立つ看板を出せばそれで顧客が来るかというと、そうでないのが商売しにくいところです。看板を出すから、より重要なことは、あなたがお店にどのようなお客様に来て欲しいかを明確にすることです。ここが明確になって初めてどのような看板かを決定します。街を歩けば、様々な看板を見ることができます。サイズや色、フォント、外観だけでなく、最近では、アイデアいっぱいの変わった看板も見ることができます。一般的に看板はお店や商品の宣伝で、看板の印象お店のイメージを想像することもよくあります。このため、看板はさらに、ヌンエハミョンソド興味深いする必要があります。さまざまな看板を見ながら街を散策するのも楽しいです。
【復興日本】第6部 学校の今(1)
床に打ち込まれ、壁にはずむバレーボールの乾いた音や生徒たちのかけ声が間断なく響いている。岩手県釜石市立唐丹(とうに)中学校体育館で行われている2年生の体育の授業だ。
そこだけみると、一見何の変哲もない風景だが、体育館は仕切り板で区切られている。そのスペースでは、社会科と家庭科の授業が進められている。
担当教諭は、声を張り上げ、生徒も必死に耳を澄ませている。
だが、やがてヒソヒソ話をしたり、机に顔を伏せたりする子供が増え始めた…。生徒が落ち着いて授業を進める環境とはほど遠いのだ。
唐丹湾を見晴らす高台にある同中は、全校生徒54人の小規模校だ。長年、地元住民に育まれ、卒業生には郷土に愛着を持つ人が多いという。3月11日の震災当日、大津波は校舎の直前で止まり、浸水被害などはなかったものの、地震の揺れは校舎を損壊させた。
近隣小学校が他校と合同で授業を行う中、体育館での授業再開を決めたのは、教職員の「学校は地域とともにあってこそ」との強い思いからだった。
4月。体育館を天井からつるしたネットで2分し、片側を体育の授業スペースに、もう一方は、さらに高さ約1・8メートルの仕切り板で区切って1?3年生のクラスと特別教室を確保した。
もっとも、隣の教室の声は筒抜けだし、体育の授業があれば、足音や歓声、振動が床を伝わり、ときにはボールが飛び込んでくる。「この状況では、生徒の集中力が持続するのは30分がせいぜい」。英語を受け持つ蛯名勝利(えびな・かつとし)講師(38)は苦笑する。発音練習の声は通らず、全教室で一斉に実施されたリスニングテストでは英語が混じり合い、たちまち混乱に陥った。
空調は効かず、夏は蒸し暑さとがれきのにおいに苦しんだ。まもなくやってくる長い冬は底冷えが予想される。
授業の効率アップに教職員は試行錯誤を続けている。昼休みを短縮し、生徒の集中力が途切れていない授業開始の早い段階に重点をまとめたり、教諭が2人体制で生徒に声をかけながら授業を進めたり。
学区外の雇用促進住宅からバスで1時間弱かけて登校する3年の女子生徒(14)は「他校の間借りは気を使うし、地元で学べてうれしい」と笑顔を見せた。それでも、「受験も近い。自宅が狭くて勉強しづらいし、学校でも集中しきれていない自分に不安になる」と打ち明ける。
発災直後に学校に残っていた生徒は全員助かったものの、帰宅した女子生徒が亡くなった。ふざけあい、笑いの絶えない生徒たち。だが、3年担任の三浦誠教諭(44)は、子供たちの心の陰りに気づいていた。仮設に帰りたがらない、経済的な心配から希望する進路を遠慮する、目標を持てない…。生徒たちが口に出さない分、その苦しみの大きさが理解できる。「苦しくても、それぞれの道に向かってがんばることが、亡くなった友のため、自分のためになる。そのことを伝えたいんです」
年明けには校庭に仮校舎が建設される。体育館授業も終わるはずだ。それでも、藤舘茂校長(55)は「生徒も教諭も、休まずに全力疾走してきたようなものです。気持ちや体にほころびが出ないか、気がかりです」と話している。
東日本大震災から7カ月たった今も岩手県で25校、宮城県で50校の小中学校が使用不能状態だ。原発事故にさらされる福島県では使える学校がいくつかさえ正確に把握できない。厳しい教育環境の長期化、戻ってきた子供たちの笑顔の陰から見え隠れする深い心の傷。学校の手探りは続く。
■母校損壊 壁に「大好き」
岩手県大船渡市三陸町の市立甫嶺(ほれい)小学校は、地震で校舎が損壊した崎浜小学校、津波で全壊した越喜来(おきらい)小学校の3校が合同授業を実施している「合同小学校」だ。
「児童らが慣れない環境に溶け込めるか。負担にならないか…」。崎浜小の小野寺香世副校長(50)は危惧したが、環境への順応性が高い児童らは学校にすぐになじみ、教諭らを安心させた。
合同とはいえ、3校合わせても児童数は106人。中でも崎浜小は児童数が6学年でわずか25人、今年の新入生は2人しかいない。
「子供たちにとっては、友達が増えた喜びの方が大きかったよう」(小野寺副校長)。実際、人数増でイベントや授業の幅が広がった。楽しそうに登校する児童も増えた。環境の変化は、震災のショックから児童を前に押す力につながっていった。被災状況の異なる3校が一緒になったことで教職員や保護者の防災意識が高まったのも、メリットかもしれない。
「かわいそうなのは、授業の前後の自由時間がほとんど取れなくなったことです」と1、2学年担任の鈴木祥子教諭(48)は指摘する。バスで通学する子供には、時間に余裕がなく、放課後の虫取りや鬼ごっこ、下校の途中に花や鳥などの自然に目を向ける機会もほとんどないようだ。
鈴木教諭は、「小さなことでも、何が子供のストレスにつながるかわからない。気はゆるめられない」と語っている。
小野寺副校長が損壊した母校を訪れたときのことを話してくれた。建物の壁に「崎浜小、大好き」と落書きがあったのをみつけた、というのだ。「誰が書いたかわからないけど、表面で出ていなくても心の中にはさびしさがあるのかなあ、と思った」と振り返った。
笑顔の裏にある児童の思いはさまざまだ。支える教諭たちの苦労は並大抵ではない。合同体制による教員増もあり、各学級に3人の担任教諭を配置した。同じ学年を担当する3校の教諭は時間を見ては指導方法をすりあわせる。月に1度は“全校児童”が集まって、ゲームなどで交流を深める「スマイルタイム」を開催している。
同小の今年のテーマは、「みんな仲良く」。小野寺副校長は「悲観せず、考える機会としてベストを尽くせばいい。教員はみな同じ思いです。児童にもきっと伝わるはず」と願う。
9月末、体育館では、同市内で開かれる音楽会に参加するために3、4年生が合唱練習に励んでいた。それぞれの母校のものなのか、体操着はおそろいではない。
あの日、不安な思いで避難し、校庭にうずくまって余震におびえていた児童たち。リズムに合わせて体を揺らせながら、一言ずつ思いを紡いだような歌声が、学校を包み込んでいた。(渡辺陽子)
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