Feb 15, 2009
電話代行を避けるために
職場での電話相手に"さっき申し上げダムジマン、名前を控えるのを忘れてしまって"と言って、結局、自分が電話代行で用件を聞いて処理しなければならない場合があります。これらの不要な電話代行を避けるために必要なことは、可能な限り席をはずすことなく分離して時間を短縮いつ電話がかかってきても不思議ではない案件を常に把握し、意識すること、のようなものが必要だと思います。当社は、場所のコールセンターでは、私はそこに一度も話したことがないのですが、コールセンターのようなことは、非常に難しいと最近知りました。広く浅い仕事なので、綿密な業務自体がないので、お答えすることはできないとエスカレーションをするのですかが何かもすることはできないため、困難な仕事ができることを感じている今日この頃です。
男子ゴルフのダイヤモンドカップ(26日開幕、千葉CC梅郷コース)で石川遼(19)=パナソニック=が、ドライバー封印を軸にした戦略で今季初優勝を狙う。
大会コースで行われた25日のプロアマ戦では、14アンダーで優勝。石川は前半こそパー3以外の全ホールでドライバーを使ったが、2日連続のラウンドとなったインは、ドライバーを封印するホールを改めて確認した。
着弾点付近に池のある10番やドッグレッグでOBの危険も伴う14、17番など「13番から17番までドライバーを使わないこともある」と石川。5ホール連続で封印するドライバーを最終18番で使う対策として「ドライバーを使わないホールでもドライバーを素振りして、タイミングがズレない予防をする」ことも決めた。周囲には奇異に映るかもしれないが「それが(僕の)マネジメントだと思う」と言い切った。
0番アイアンの投入や、先週、投入した新パターのライ角も2度アップライトにした。自慢のドライバーを封印し、パターには“ミリ感覚”の注意を払って、今季初タイトルを獲りにいく。
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「交流戦、阪神2‐5ロッテ」(25日、甲子園)
くすぶり続けた3年間のうっぷんを晴らすかのように、聖地を駆け抜けた。3月に小林宏のFA人的補償でロッテ入りした高浜が、満員の甲子園で虎撃ちだ。前夜に続いて2番遊撃でスタメン出場した元若虎は、2つの送りバントと中越え二塁打で“凱旋”を果たした。
感謝と悔しさが交錯する古巣への思いを、すべてぶつけた。「僕はケガをしていて、プロテクトされる選手じゃなかった。ちょっとだけ後悔してもらえればいいと思っています」。五回、無死一塁から送りバントを成功させ、その後の追加点をアシスト。七回には、あともう一歩で本塁打を思わせるフェンス手前に落ちる中越え二塁打。「今までで1番の当たりでした」と会心の一撃は、貴重な追加点の口火となった。
故障に泣き2軍暮らしが続いた阪神時代ですら、立ちたくても立てなかった聖地。「応援も、もっと威圧感があると思っていたけど、自分への応援だと思っていいように考えていました」。打席に高浜を迎えると、ロッテファンのみならず、虎党からも拍手が沸き起こった。
八回のバント失敗には反省しながらも、帰りのバスに乗り込む前、「ちょっとは(後悔)してくれたかなと思います」と、照れくさそうに笑った。虎を見返すその闘志が、新天地の連敗を6でストップさせた。西村ロッテの救世主となった背番号00が、輝いていた。
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「交流戦、中日0-2日本ハム」(25日、ナゴド)
今季2度目、通算14度目の完封勝利を飾った日本ハム・ダルビッシュは勝利の余韻に浸ることなく、チームメートと握手を交わした。「(打線が)いつも点を取ってくれるんで、楽に投げられました。自分の仕事ができたと思います」。2点の援護で十分だった。三塁を踏ませず、4安打に抑えたエースは憎らしいばかりに淡々と答えた。
最速155キロに最遅82キロ。73キロの球速差で中日打線を寄せつけなかった。立ち上がりから奪三振ショーを演じ、ナゴヤドームには何度もため息が漏れた。一回、先頭荒木に右前打を浴びるもご愛嬌(あいきょう)。1死二塁。この日唯一、得点圏に走者を進めたが、森野、和田を連続三振で退けた。三回には谷繁を150キロ台で追い込み最後は107キロのカーブで見逃し三振。まともにバットにも当てさせない。はや今季3度目となる2桁、11三振を奪う快投だった。
リーグ戦では立たない打席でも魅せた。二回2死一塁。ネルソンの変化球を左前打。さらに七回1死からも中前打を放ち、プロ初のマルチ安打も達成。「2‐0だったので、打てるなら打ってやれと。1点でも多く取りたかったので」と打でも貢献でき誇らしげに振り返った。
快投がとまらないエースは4月19日のオリックス戦から6連勝。ナゴヤドームのマウンドは07年の日本シリーズ以来。山井‐岩瀬のパーフェクトリレーで、敗戦投手の屈辱を受けてから4年、絶対エースの進化は止まらない。
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